案件切替記録エントリ2025/10

フリーランスの場合、転職エントリを指す言葉もないなと思いつつ、適切なワードがわからないとGemini先生に相談したところ案件切替とか?って提案されたのでそうする。

現在の心境の記録と今後の意気込み、ということで、これまた特に誰かのための文章ではなく記録です。

ひとまず近況

3ヶ月近く働いていた仕事をやめ、以前働いていたところに出戻らせて頂くことになった。

別部署でデータエンジニア的な仕事をさせてもらうことになっている。データエンジニアを主として仕事したこともなければ、考えれば社内SE的な業務自体あまりしたことがない気もしてきた。大感謝。

が、しかしまあ新しいことを学ぶことが単に好きだから、楽しく学んで頑張っていきたい所存である。データエンジニアリングに関する本を絶賛読み散らかしているところである。まず体系だった言葉を覚えきるところから。

なんかどちらかというと

最近はフリーランスであることの悩みがある。

昨今のAI情勢をみれば、ビッグデータやAI予算の観点、更には要件定義力やドメイン知識の重要性からしても、基本的には大企業に正社員として所属した方が良いように思える。

例えば、子供がいるとか何か障害があるとか、社会保障的枠組みが重要に思えば、いますぐにでも正社員に倒れるだろうとよく思う。一方で大変幸せなことに現状ではそれほど喫緊でもない。

前案件を通じて、やはり多様な仕事を色々にすることは、世界を理解しようとするに良いことだなあと思った。前職はたった3カ月ではあったが、それでもある種の業種が何を考えているのかの理解が深まり、大変に興味深い経験だった(そして自分には向いてないともわかった)。

結局のところ、エンジニアとして自分の一番のモチベーションは知識欲ではないかと思う。それは創作欲ではない、という意味である。創作欲に憧れているけれど、作りたいやつは何も言わなくても作ってるのであり、結局自分はがしがし作るタイプではない。どちらかというと、作ることで何かを知りたいと思っている。

そういう自分について考えるほど、自分はフリーランスに向いているのではないかと思える。でも昨今の市場環境でそれをどう考えるべきかと考え込んでしまう。まだなんとか猶予はありそう(?)なので、ぼんやりとしたスーパーでないフリーランスとしてどういう道が残されているのか考えていきたい所存。

やりたいことって

ずっとシステムアーキテクトに憧れがある。でもシステムアーキテクトって実際なんだろうか、とも思う。日本国内においては作家みたいな名乗りの問題では。だとすればそんなの憧れるようなものでもない気はする。

システムアーキテクトとしてやるべきことは、人と組織を変えるために、逆コンウェイの法則的なアプローチでシステムを作ることだと思えるところがある。これは主目的がシステムを作ること自体にはない、という意味である。クリストファー・アレグザンダーを挙げるまでもなく、たぶん都市計画などを連想すればイメージしやすいように、アーキテクト全般に言えることなのではないだろうか。デザインのアート的ファクターのことだろう。

例えばそれは、変化していく人や社会の声を聞き続け、終わりなく変わり続けてゆけるようなアーキテクチャデザイン。しかし一方で、それもどうなのかなと思うこともまた、よくある。

建築界であったムーブメントと同様に、その夢から幾星霜経たいまの我々からみれば、それはある時代には存在できた美しい歴史の物語だとわかってしまっているのではないか、とも思えてくる。いまのインターネット・AI的な全体主義は、それもまた夢幻の設計主義の変形だったんだよ、と限界を訴えかけているように見える。

『JUST FOR FUN』とか読むと、リーナス・トーバルズも結構そんなこと言ってる気がする。設計上のねじれや歪みを抱えたまま、パッチを当て続けていよいよ捨てられる、というときをただ見つめること。時とともに流れていくストリーミングデータを見つめる仕事が、今の自分の気分には合っているのかもしれない。

経験主義ということでもなくて、(だめなことはだめといいながら、しかし)ただ受け入れていくこと。それはBDFL(Benevolent Dictator For Life; 慈悲深き終身の独裁者)みたいなものなのだろうか。終身じゃないけど。


初出: https://note.com/hibara428/n/n2c519aa913e8